プロフィール

ZHANG JI – 張驥(ちょうき) 1967年3月8日重慶生まれ


1983年 – 1989年

中国著名な花鳥画画家―蘇葆槙と中国山水画画家―楊鴻坤の弟子入り。
二名の先生とも1947年中央大学芸術学部卒業、徐悲鴻大師の弟子でもある。

1985年9月 – 1989年7月

四川美術大学院絵画部で中国画専攻し、文学修士課程卒業。

1990年

中国国画大師―晏済元の弟子入門、中国画の山水、花鳥と人物を専攻。

1994年

世界音楽都のウィーンへ留学となる。

1996年―1999年

ウィーンロイヤル・美術学院に合格し、西方美術史を専攻、修士課程卒業。
その間に、著名な絵画大師のマルクス・ギレイ(魏勒)を先生にし、抽象絵画を専攻し、創作した《音楽と書道》という抽象画がオーストリア大統領府芸術司に収蔵されている。

2000年 – 2003年

中国中央テレビ・ドキュメンタリー番組、国際チャンネルと協力し、“ ウィーンの建築芸術”、“ウィーンの窓芸術”、“ ウィーンのコーヒー文化”、“ ウィーンの墓地”、 クリスマス・きよしこの夜曲の誕生地のアクセス記などのドキュメンタリー番組を作成。

2004年

オーストリア国家民族博物館で中国美術館に収蔵されている明清時代の年画、版画とそのほかの作品展示会を開催。

2005年

中国書道協会、四川省書道協会及び重慶書道協会と連合し、オーストリア第一銀行で大型中国現代書道作品展示会を主催。

2006年

オーストリア・ウィーンの古代ギリシャ神廟ホールで中国明清と現代書道展示会を行ないました。

2006年 – 現在

芸術品コレクションと文化事業に身を投じている。


張驥ワールドコレクション

張驥ワールドコレクション

張驥ワールドコレクション

張驥ワールドコレクション

張驥ワールドコレクション

張驥ワールドコレクション


張大千 1899年 – 1983年


中国・近代の書画家。書、篆刻、詩の分野でも高く評価されています。

若い頃より伝統的な中国画の技法の修行を積み、19歳の時に日本へ留学し、京都芸術専門学校で3年間染色を学びました。1920~30年代には上海等での個展で認められ、南張(南に張あり)とたたえられました。

1931年に「唐宋元明中国画展」代表として日本を短期訪問し、1933年には中央大学芸術専攻教授を務め、1936年に上海中華書局が「張大千画集」を出版、徐悲鴻が序を書き、「500年に1人の画家」と称賛されました。

1940年から約2年7ヶ月に渡り敦煌の莫高窟に住み、壁画の模写に取り組み、各時代の壁画の変色・剥落した部分を推定で補いながら、芸術的で美しい作品として仕上げました。1942年にその成果が発表され、敦煌壁画の素晴らしさが世界に伝えられるきっかけとなりました。

1948年に香港に移り、以降はアルゼンチン、ブラジル、アメリカなど国外に20年以上滞在、当時流行していた印象派や立体派などに触れ、中国画に西洋の技法を取り入れた作品を制作しました。

1957年、「秋海棠」という作品が評価され、ニューヨーク国際芸術学会において金賞を受賞。1959年には日本に立ち寄り、在英の中国人作家・凌叔華と画家の王済遠とともに鎌倉旅行を楽しみました。1974年にアメリカ・カリフォルニア州太平洋大学名誉人文博士号を授与され、1978年に台湾に移住、晩年は台北に住んで水墨画に専念し、1982年には中華文化の特別芸術家として中正勲章を受賞しています。


レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン 606年~ 1669年


ネーデルラント連邦共和国(オランダ)の画家。

大画面と、光と影の明暗を明確にする技法を得意とし、同じオランダのフェルメール、イタリアのカラヴァッジョ、フランドルのルーベンス、スペインのベラスケスなどと共に、バロック絵画を代表する画家の一人であり、ヨーロッパ美術史における重要人物の一人です。

「光と影の画家」「光と影の魔術師」の異名を持ち、油彩だけでなくエッチングや複合技法による銅版画やデッサンでも多くの作品を残しました。
また、生涯を通じて自画像を描いたことでも知られ、これらはその時々の彼の内面までも伝えています。

若くして肖像画家として成功し、晩年には私生活における度重なる不幸と浪費癖による財政的苦難に喘ぎましたが、生前、すでに著名で高い評価を受け、オランダには比類すべき画家がいないとさえ考えられていました。フェルディナント・ボル、ホーファールト・フリンクなどはレンブラントの弟子として知られています。

今回の作品は銅版画で、1876年にドイツの工房で刷られたものです。

レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン

レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン